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  • 本当の夏

    一口かじったイチゴ練乳アイス。口の中で広がる甘み、しゃりしゃりの食感。暑いバルコニーで食べるのは夏でないと感じることができない感覚だ。

    過去最短の梅雨は終了した。ここからが本当の夏の始まりでたくさんの冷たいものをお腹に入れようと私は今ここに宣言する。 

    アイスといえば、彼とこんな日に外でアイスを公園で食べたりすることが羨ましいと勝手におもっている。 カンカンに太陽が照らす中、冷たいガリガリくんソーダ味でもいいだろう。

    暑いね暑いね。どこかに涼みに行こうか。      私の中で今のところトップ3に入る理想の会話。そんな何気ない会話をしてみたい、2人で暑い中歩いているだけで、カフェでアイスコーヒーを飲むだけで大きい幸せを感じる気がする。

    そうゆうのに憧れたりする。暑い中で冷たいものを食べるのは生きている心地を全身で受け止められる。愛しい行動だ。喉の中に冷たいものがしっかりと染み渡っていく感じ、よく知っている。

    またこの大好きな季節が始まったようだ。

    わたしの愛する日本の夏。

  • 肉肉しさ

    美しい肉、スパイス、ニンニク醤油 芳ばしい匂いが漂う奥からオリーブオイルが迫ってくる感じ。

    スキレットで焼くとジュワジュワっと熱が通るのが急激に早い。外で食べに行くステーキも美味しいのだが、家で即席で焼くスーパーのステーキもなかなか負けていない。 私流でいくと、白ご飯でステーキをいただくのではなく、肉一色だ。

    より美味しく食べるために昨日の夜ご飯はあえて抜いておく。そのくらい私のステーキへの愛は到底計り知れるものではない。お菓子もご飯も、チキンも、隙あればいつも何か口の中に入れている私が前日の晩何も食べずに過ごすということはなかなかの試練であったが、ステーキを美味しく食べるにはこれはマストなのだ。

    よく焼いたステーキを、冷たい冷たい麦茶で流し込む。これがなんとも言えない幸せに辿り着く。麦茶という影にいる存在に感謝せざるえない。

    いつか六歳年上の兄が言っていた。       喉が乾いてる時とかご飯食べてる時の麦茶が最高やわっ とこんなに感動して麦茶を語る人はあんまり見たことのない私はそのとき真剣に語る兄を笑っていた。だが、私も肉を食べる時に慌てて麦茶を流し込む。それが好きだったりする。

  • イカフライ

    家から徒歩十分の場所に昔からあるスーパーのお惣菜が私のお気に入りだ。 

    入り口は現地の中国料理を販売していてそこを通るとまさに現地の匂いがする。北京ダックやパンは中国特有の香辛料の香り。上海に住んでいた頃の風景も鮮明に想い出すそんな不思議な匂い。

    左側にはお花屋さんがあり、これもまたその季節の花々がたくさん咲いている今はアジサイが多い。店員のおばさんも感じのいい柔らかい笑顔で迎えてくれる。

    中に入ると一面にアイスクリームのコーナーと珈琲屋さんまで入っていて誘惑まみれなのだが

    私の本当の目当ては奥のキッチンで腰を曲げて揚げ物をつくっているお婆ちゃんのフライ。

    これがたまらなく美味しい、、アジフライ、小さい唐揚げ、そしてなんと言っても私のお気に入りは  イカフライ! これはどこに行ってもこのお婆ちゃんのイカフライが一等なのだが、これが本当にたまらなく香ばしくイカの甘みが口いっぱいにカリッと旨味の汁がジュワっと出てくる。

    これと角のハイボールは信じられないくらいに相性が良い。呑むとなるとやはりお婆ちゃんのイカフライがレギュラーメンバーになる。これからもこの位置は変わらのないだろう。

    イカフライ あーイカフライ 家に帰って来た時にグリルでもう一度弱火で丁寧に火を入れる。

    表面が立ちどんどん温度が通っていく様子をグリルの外から見ている自分の顔はなんとも笑えるほど  真剣で正直馬鹿だと思う。 

    いつか言えるだろうが、お婆ちゃんにこの感動を伝えれる日が来るだろうか。来たらいいな。

    揚げ物は世界を救う!!揚げ物を発明した人は天才だ。私の尊敬する人でもある。

  • 食べること

    チェーン店いや、地元の庶民の味にこそ愛がギュンギュンに詰まっているのだ。

    チェーン店は場所によって味や丁寧さが若干異なる気がしているのは気にしすぎなのだろうか。食のこだわりが強いのか弱いのか自分でもわからなくなる時がある。

    たまに、フードコートにあるマクドナルドの方がホカホカのポテトを食べさせてくれる時があると地元のマクドナルドと比較してしまう。

    私はいつもどこかしらのチェーン店の味が食べたくなる。ケンタッキー、マクドナルド、王将、ガスト、ドトール、宮本むなし、サイゼリヤ

    宮本むなしは米もおかわり自由な上に漬物もおかわり自由だ。カツもサクサク、唐揚げまで美味しい。宮本むなしのジャンボトンカツが好きすぎるあまりにLINEのホーム画面はジャンボトンカツだ。

    そして、私はチェーン店にはない、少し硬めのステーキが好きだ。それはスーパーの一パック500円ほどのステーキで私はそれをナイフやフォークは使わず箸でかぶりつき食べる。これがなんともたまらないのだ。そういえば小学3年生の時に母と私と友達と友達のお母さん4人でバイキングのローストビーフ食べ放題に行った。

    わたしはその頃から食べるのにがめつかったのか食べ過ぎて最終的に「口が血の味がして来た」と友達のお母さんに言ったところ「ライオンみたいやな」と言われたことがある。その時私は変に納得した。

    小学4年の頃には給食のおかずやスープのおかわりにはクラスで1番大柄な男の子のいつも2番目だった。男の子に負けることのない胃袋だがいつのまにか思春期を通り越し男の子の前でたくさん食べようと思うと胃が縮んでしまう。昔は胃ブラックホールとまで言われた私が、、

    ここまでにしておこう。また、私の大好きなチェーン店の魅力を語っていこうと思う。私のブログを見たらきっと足を運びたくなるだろう。これを書きながら私はとても行きたい衝動に駆られる。食べすぎると結果として太ってしまうためチェーン店の愛はこの辺にしておこう。食べた後はたまに罪悪感に落ちるのだが、考えている時は1番幸せかもしれない。罪悪感も感じることもない。いま、私は世界一、いや。世界一だと上には上がいるので日本一ぐらいにしておこう。

    #食

  • ながいあめの後

    長い雨、そう梅雨だ。

    長い雨の降る間が私は少し好きだ。雨の音は心を全て流してくれている様な気がする。あの壮大な地面を草木に豪快に注ぐ音が聞いていて気持ちいいものがある。

    人は梅雨や雨が嫌いだと言う。         だが、雨が降らなければ晴れの喜びを得ることはできないのかもしれない。雨の後の晴れは空いっぱいにこれでもかというほど綺麗で優しい雲が広がり青空が碧く澄んでいる。 この影には嫌われ役の雨の存在があるのだと思うと雨が愛おしい。

    梅雨の間は洗濯物がなかなか乾かない。生乾きの匂いが家中を撒き散らす。外に出るとおかしいくらいに雨の香りが風と共に連れてくる。その雨に濡れたくなる時がある。電車の走る音までも掻き消してしまう激しい音。

    快晴の時にシーツを干す。本を読む。床をふく。

    床を拭くなんていうものは晴れの日にやるとなお気持ちがいい。隅々の埃を全て取りたくなる。

    どこかの山に隠れていた鳥達は今動き出すんだろう。

    爽快に空を飛んでいるんだろう。飛行機に乗っている人も、こんな時は羨ましいと思う。私も空の上で大きく広がる空の海を見てみたいものだ。

  • 去年のクリスマス

    大阪は関東と比べてクリスマスは過ごしやすい気候となっている。そう思っているのはわたしが暑がりなせいなのかもしれない。

    クリスマスの日は街中がクリスマスムードになっていて、心斎橋などかなりイルミネーションだらけである。 イルミネーションは嫌いではないが、冬限定のチョコレートをスーパーで見る程度がわたしには性にあっているのかもしれない。そんなしょうもないことを考えながらは一応心の中は踊っている。

    恋人もいないクリスマスも意外と愉快で、家族で過ごすクリスマスはドキドキはない代わりに何故か安心感が強いのがいいところなんだと思う。

    いつものように安いホールケーキを買う。だが少し変わったこともある。それは、ポインセチアを前の前の年よりも大きいものを選んだところだ。植物は便利だ、気持ちが穏やかになる手っ取り早い方法だと思う。

    そして、部屋をダウンライトのオレンジの明かりにした状態で父はポインセチアを見るたびに言う。”ほんま綺麗やな〜スナックにおるみたいやわ”と、スナックには行ったことのない私は想像出来すぎてしまった。

    そして父は気持ちが高くなると朝だろうが夜だろうがギターを弾きながら歌い始める。大体歌う曲は”酒と女と男と泪”または”恋のハーモニー”なのだが、最初にしみじみして次の曲でもしみじみさせられる。前者の曲は古い居酒屋のカウンターを想像させられ、後者の曲では満開の田舎に広がる星空を屋根から寝そべり見ているような気持ちにさせてくれる。この歌は不思議だ。 そしてクリスマスマジックにより、その効果は抜群に発揮する。

    締めは麦焼酎ロックで頭からつま先まで温まると完璧である。クリスマスはこれがあるから良いんだなと意味のわからないことを考えながら寝るのであった。

  • 夏の昼間

    11月になったばかりだと言うのに家では半袖で入れるぐらい割と暖かい気候が続いている。 これは地球温暖化が進んでいるせいなのかはわからないが そんなことを考えたりする。

    たまに今年の夏を振り返る時がある。 夏は肌が落ちるほどに暑く今年も猛暑が続いていた。

    そういえば、母と突然田舎に行きたくなり夏に滋賀県へ行ったことを思い出す。滋賀は大阪と比べると少し涼しい気がする。 都会の夏は地獄だ。 コンクリートから跳ね返ってくる熱は強烈で、建物が多いのでどこからでも熱がやってくる。 

    それと比べれば田舎は過ごしやすい。 蝉の鳴き声も都会より上品な気がするし、おまけにコオロギやカラスも上品だ。クーラーをかけなくても涼しく、桁違いの生きやすさがすぐそこにある。

    残念なことにうちの家系に田舎のおばあちゃんおじいちゃんというものは存在しないので、田舎に帰省する友人がいつも羨ましくて仕方がなかった。

    そもそも私が産まれてすぐに亡くなってしまったので、家の近くの見ず知らずのおばあちゃんの家で私が7歳の時に晩御飯をご馳走してもらったことがあった。”私のことはお婆ちゃんって呼んでな”と一度その人から言われたことがある。私はそれが凄く自然な気分になっていた。

    ”お婆ちゃん”という存在にご飯を作ってもらったことがないので私はその人のことを深く記憶に残っている。そのお婆ちゃんはもう亡くなってしまったが、私の中の唯一のお婆ちゃんだったのかもしれない。

    気軽に帰ることができる田舎という場所があるのは実に幸せなことだ。

    田舎を行く宛もなくふらふらと母と歩いている時のことだった。緑が溢れる道を歩いていたらそこに一台の自転車を見つけた。 その自転車は水色のさっぱりした色をしていて、とても乗り心地の良さそうな自転車だった。

    木にもたれかかっているその自転車はなぜかとても涼しそうに見えた。暑い夏でも田舎の葉の匂いが染み付いた風は心地いい。田舎に来ればこんな些細なことに幸せを感じられたりする。少し笑えるし大袈裟だが地球に感謝している気持ちになっていたのだった。

  • 一目惚れ

    🌼

    前々から雑貨屋に行くことにハマっている私は、駅の中にある小さな雑貨屋でほぼ買わずいつも見て回る。本当に気にいるものがあれば買うといった感じだ。

    そのお店は様々な雑貨が置いてあり、食器や時計ぬいぐるみや珍しいお菓子まで並んでいる。

    そこに入ると私はまず 新しく入荷 と書かれているブースをみる。 いつもは少し見て可愛いとは思うものの、手に取りたいほど可愛いと言うものはなかった。

    だがその日は入荷したてのグラスがたくさん並べられていて、それらに心奪われた私は即手に取って確かめた。 普段あまり物を買わない私にとってそれは特別な感情だった。

    その中のグラスはキラキラと輝いていて、私の好きな花や緑が模様されていた。 

    あまりにも綺麗なので、”この中に、レモンソーダやアイスコーヒーを入れたら美味しいんだろうなー”と何気なく考えていた私はその中にあるひとつのグラスを手に取りレジへ持って行くことにした。

    夜のベランダで飲むときはこのグラスにしようと支払いをしながらウキウキした気持ちになった。

    こんなに即決したことがなかったので、愛着が湧いてしまう。 このグラスはずっとわたしの宝物だ。

  • 大阪おばちゃん

    🚃🎒

    最近朝になるとわたしの家のベランダにたまにカラスが現れる。

    1匹来てはキョロキョロと周りを見渡し誰にも見つからない様に糞をしようとしている。しっかりこちらが見ていることに気づいていないカラスは滑稽で少し可愛くも見えた。

    謙虚なのか傲慢なのかはよく分からないがまあ静かに糞をしただけなのでよしとしておくことにする。

    着替えを済ませ最寄りの駅まで歩き駅のホームで電車を待っていた時のことだ。

    近くでなにやら大きな笑い声が聞こえた。

    それはおばちゃん3人組が旅行に行くという内容だった。

    耳を少し傾けてみるとこんなことを言っていた。

    ” 今回はクーポンも使ってるんやししっかり元取らなあかんな” “ 私な、元取るために朝ごはん抜いてきてんで!今やったらどんだけでもいけるからあんたら本気でいくで!” などと嬉しそうに話していた。それは実に愉快な会話であった。

    おばちゃん達のこの旅のスローガンはすばり“元を取る、 旦那のことを忘れる” だそうだ。

    それを聞いた瞬間おばちゃん達のお互いの意思が相当疎通しているんだなと、少し感心した。

    それらの微笑ましい何気ない会話達は年をとるということを案外悪くないことだと私に思わせてくれたのであった。

  • 幸せのお裾分け

    私は落ち込んでる時に大量にビタミンを摂取する。

    それが手っ取り早いのがみかんだ。

    よくおばあちゃんはみかんを渡すと言うが本当にあれは幸せのお裾分けだと思う。

    みかんを食べると純粋になり元気にもなる。    私だけだろうか。

    このあいだマンションのエレベーターで世間話を少しする程度のおばちゃんに”近所のスーパー、みかんが9個入りで250円やったんですよ“と挨拶ついでに言った。するとそのおばちゃんは “ほんまに?それは買いたいわ〜 まだ余ってるかな?”などと言っていたので “まだありますよ!すっごく皮が薄くて甘いんですよ!”と私が言うと おばちゃんは嬉しそうに “いやー、ほな今から買いに行ってくるわ”と言ってそのままスーパーへと急いでいった。

    翌日またそのおばちゃんにばったりエレベーターででくわすと、おばちゃんは食い気味に私にこう言ってきた。“ほんまにあのみかん美味しいし安かったわ!家帰って四つ食べてん!教えてくれておおきにな”

    そう言われて私は心からあたたかくなった。みかんは栄養と同時に小さな幸せをも運んできてくれたんだなとその時ふと実感したのだった。

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